何かに所属すること

人が集うところには「帰属の愛」が生まれるんですなぁ。そこのメンバーであることがうれしい気持ち。

それが高じると、その集団で何らかの役割を持ちたくなるものなんですかね。

長くいる人が、新しく入ってきた人にそこのルールを教えてあげたり、集団の規模が大きくなってくると、スタッフになっていく人もありますね。

愛する集団において、サービスを受ける側から運営の側へ、特別な役割を担う喜びはあるでしょう。

それ自体は集団の存続に必要なことだと思いますが、貢献度に応じてヒエラルキーができてきたり、場のコードや内輪ノリが強くなりすぎるとヤンキーテイストが漂ってくる、

仲間とうぇーい!がメインになって、本来の目的(たとえば英会話教室なら英会話)から離れてしまうのも見かけます。「英会話はやりたいけど、この会は辞めたい。人間関係で」では残念ですが…

何かのコミュニティにどはまりしては、いきなり辞めるのを繰り返している人は「裏切られた」「こんなのとは思わなかった」とおっしゃいます。愛したゆえに憎しみも強くなるんでしょうか。

集団に属することを考えていると、リュッシャーカラーテストを思い出します。

リュッシャーカラーテストには「帰属の愛」を表す色がありますが、私はこの色を選べないのです(選ぶのはセパレーティブ、離れていくカラー)

だから、どんなコミュニティでも浮いてしまうんですが、同じように浮いてる人を見ると親近感というか、興味を持っちゃいますね。

 

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